♯7 「大師尊刀命墓」についての考察



どれくらい前だろう、2ちゃんねる(現 5ちゃんねる)のオカルト板で「大師尊刀命墓」(読み方不明)なるスポットの存在を知った。
それは刀を祀っている所(祭祀形態は不明)で、現在は立ち入り禁止となっていてロープが張られている。場所は兵庫県明石市か隣接する同神戸市西区の辺りで、周囲に池か沼があるという話だった。
投稿者(仮にA氏とする)によると友人(仮にB氏とする)からその話を聞いたらしいが、話をしてくれた友人B氏の記憶も断片的でよく憶えていないので、何か手掛かりが無いかとここ(2ちゃんねる)で尋ねたということのようだった。
その書き込みに対し、以前実際に現地を訪れ色々と調べようとされた人物(仮にC氏とする)がコメントを返されていたが、それ(大師尊刀命墓)に触れてはいけない(関わってはいけない)といった旨の事を書かれ、それ以上多くを語られようとはしなかった。
そして、それ以後、私の知る限りでは新しい展開もなく、いつしかこの話題も人々の記憶から忘れ去られた。

最初の書き込みから数年が経過。その後、何の情報もない事に加え、私も特にそれだけを追い続けていた訳でもない(むしろどちらかと言うと忘れていた…)という事もあって、2015年(注:これを書いた当時)も半分以上が過ぎた今も何の進展も無いままである。
そこで、以前から疑問になっている事を書こうと思う。

まず「大師尊刀命墓」というこの名前を最初に見た時、何とも釈然としない気持ちになった。一言でいえば気持が悪いというのだろうか。それは「怖い」という気持ち悪い(気味が悪い)という感覚ではなく、上手く表現出来ないが、こう何かスッキリしない感覚を覚えたからだった。
それは、「大師尊刀命墓」という文字列。
「大師」という言葉は仏教で使われる言葉で、辞書などによると「仏、菩薩(ぼさつ)の尊称。徳の高い僧を敬っていう語。朝廷から高僧に与えた号。仏、菩薩や高僧をまつってあるところ。」といった説明がされている。(例 弘法大師、伝教大師)
次に、「~命」とは「神や貴人の名前の下につける尊称。」とある。(例 伊邪那岐命、伊耶那美命、建速須佐之男命)
また、神道では仏教でいう戒名という概念が無いので、姓名の下に、~命、~之霊、~命霊、~霊位などを付ける。
(「~命」の別の意味として、「中古後期には,人を軽く見たりからかったりした気持ちで用いる。」との説明もあるが、これには当てはまらないと判断し、本件では扱わない。)
参考までに書くと、同じ「~のミコト」でも「~尊」と表記する場合がある。
「大師尊刀命墓」の「尊」という文字が祭祀の対象となる神仏(或いは人物)に由来するもの(例えば名前の一文字)なのか、「~のミコト」と同じ意味を持つものなのかも定かではないが、(不勉強な私の知識などたかが知れているが)私の知る限りでは神々の名前で「尊」と「命」が混在するものは見受けられない。
神号については、『古事記』の表記では「~命」に統一されているが、『日本書紀』では「命」と「尊」が明確に使い分けられている。
「命」と「尊」の使い分けについては、神社新報 『神道いろは』の記述を下記に引用させて頂く。

『日本書紀』神代巻の冒頭に「至りて尊きを尊と日ひ、自餘(そのほか)を命と日ふ。並(みな)、美擧等(みこと)と訓(よ)む」とあり、『日本書紀』では、天地開闢に際して現れた国常立尊(くにのとこたちのみこと)や伊弉諾尊(いざなぎのみこと)・伊弉冉尊(いざなみのみこと)、天照大神と共に伊弉諾尊より成った月読尊(つきよみのみこと)、また天照の命を受けて葦原中国(あしはらのなかつくに)に天降った邇邇芸命(ににぎのみこと)など、神様の中でも特に至貴な神様には「尊」が、それ以外の神様には「命」が用いられています。 しかし、『古事記』にはこのような文字の使い分けがなく、すべてにこの使い分けがなされているわけでもありません。

という事であった。

話を元に戻そう。
仏教でいう所の戒名を、神道においては諡(おくりな)(諡号(しごう)、諡名(おくりな)、零号、神号とも)と呼び、「生前の本名+諡(おくりな)+命」から構成されている。神道の世界では故人は神となり家族や子孫を守るとされていることから、姓名の下に、「~命」、「~之霊」、「~命霊」、「~霊位」などを付ける。
諡の部分は性別、亡くなった年齢により変わるが、詳細は割愛する。
注目すべきは、亡くなった時の年齢が41歳から70歳まで女性の諡で、「刀自(とじ)」という。現代では成人女性は一括りで「刀自」とされている。
もしかすると、「大師尊刀(自)命墓」の見誤りなのかとも考えたが、そもそも神道では墓石には「○○家之墓」とは刻まず、「○○家奥津城(~おくつき)」或いは「○○家奥都城(~おくつき)」と表す。
話が逸れるが、神道の墓石の形は細長い角柱型で、頂上部が四角錐になっている。これは三種の神器の一つ天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ、 草薙剣(くさなぎのつるぎ))を模っている(表している)とされ、奇しくも刀ではないが剣との関連がここでも登場する。
話を戻そう。前述したように「大師」は仏教用語であり、加えて、先にも触れたが神道の神を表す「命」の前に「尊」の字が入っていることも釈然としない。
「大師尊刀命墓」という文字列は、私的には仏教とも神道ともつかぬ名称(敢えて名称と表記する)と受け取れるのである。
大師(仏教的思想) + 尊刀(「尊い刀」の意か) + 命(神道的思想) + 墓(仏教的思想(注.1))と見えてしまうのである。
「大師尊刀命墓」とは一体何なのか、そう考えるとますます謎は深まる。

仏教と神道が混ざった様な奇妙な名前から、或いは一種の「言葉遊び」なのではないかと考えたこともあった。
それぞれの文字を音、訓で考え、逆に読んでみたり、アナグラムではないかと並び替えてみたりもしたが、何ら意味のある言葉にはたどり着けなかった。

更には、何故「大師尊刀命墓」には刀が祀られているということをB氏(投稿者の友人)は知っていたのだろうかという疑問が私の中に引っ掛かっている。
単純に考えれば、B氏が誰かに教えてもらった、或いは文献か何かでそれについて書かれたものを読んだということだろうか。
私の勝手な思い込みかも知れないが、現地に説明板でもあろうものなら、このご時世、誰かが写真を撮ってネットにアップしていてもおかしくは無いと思う。
伝聞なので仕方がないといえば仕方がないのだが、出典が全く示されていない点についても何か釈然としない。

箸にも棒にもかからない様な愚考が脳内をエンドレスで回り続ける。
そんな中、私が導き出した謎解きのヒントにもならないヒントは…

誤読ではないかという仮説:件の書き込みには「大師尊刀命墓(読み方知らず)」とある。発音が不明と言う事は、つまりそのスポットに行った人物、或いは知っている人物は墓碑(石碑)なり扁額なり文書なりに書き記されたその文字を見たという事に外ならい。
そこで考えられる事は、その文字を見た人が何処かを見誤った可能性は無いかということだ。「大師尊刀命墓」の文字列の何処かが間違っていたら(正確な名称、本来の名称ではないとしたら)尚更情報は得られ難いのではないかと考えた。

フィクションではないのかという疑問:例によって疑うところから始まってしまって申し訳ないのだが…
まず、先にも書いた様に仏教とも神道ともつかない名称自体に疑問が生じる。更には「刀を祀って」いるとあるものの、祭祀の形態も定かでない。「墓」と付くからには墓碑か墓標に類するものか塚でもあるのだろうか。それとも小さな祠かなにかなのだろうか。
しかし、残念ながらそれについては全く触れられていない。
読み方が分からないということは、それを音で聞いた訳ではない。つまり、文字を視認しているはずである。
C氏(回答者)の「謎が多いので文献調べようとぐぐっても出ない。」との書き込みから察するに、史書、地誌の類には見受けられないと思われる。
ならば、そもそもそれらの情報は何処で得たのか(出典は何なのか)、それを何処で見たのか。現地に石碑か扁額でもあるのだろうか。

更に疑問は続く。
A氏の質問に対し、「刀を祀って」いる「心霊スポット」が「大師尊刀命墓」であると答えたC氏(回答者)は何を根拠にA氏の質問に対しそこ(「刀を祀って」いる「心霊スポット」)が「大師尊刀命墓」であると思った(答えられた)のか。
・兵庫県明石市か神戸市西区界隈
・刀を祀ってある
・周囲に池か沼がある
・立ち入り禁止のロープが張られている
・お札が貼られている
これらの条件をすべて満たす場所はそうそうないだろう。しかし、この情報だけで「A氏(投稿者)の探している心霊スポット」が「大師尊刀命墓」であるとするには(私としては)聊か無理があるのではないかと思うのである。
それは、上記の2番目「刀を祀ってある」以外の条件を満たす心霊スポットと呼ばれる場所(仮にスポットXとする)に私も心当たりがあるからである。しかし、そこは「大師尊刀命墓」という名前ではない。
兵庫県南部の心霊スポットに少しでも詳しい人なら、まずこのスポットXの方を候補に挙げると思うのだが、そこ(スポットX)の可能性は無かったのだろうか。
スポットXは“兵庫県明石市、神戸市西区界隈”では有名な部類に入ると思われる場所である。

この様に書けば、自分の言っている事がすべて正しく、C氏(回答者)の言っている事がフィクションであると言わんばかりに受け取られてしまいそうだが、決してその様な意図を持って書いている訳ではないことを理解して頂きたい。
不明な点、疑問をひとつひとつ潰し、様々な可能性を探っていきたいのだ。

何か新し情報があれば進展もあると思われるのだが、残念ながら今のところ考えられることはこれぐらいである。


2020/08/28 追記
参考までに書くと、刀、剣を権力、武勇の象徴として神聖なものと考え、ご神体として祀る(信仰の対象とする)という考えは古来よりあった。
三種の神器の一つ「天叢雲剣」(あめのむらくものつるぎ、 草薙剣(くさなぎのつるぎ))を神体とする熱田大神(愛知県名古屋市、主祭神 熱田大神)をはじめ、香取神宮(千葉県香取市)、春日大社(奈良県奈良市)、石上神宮(奈良県天理市)などの祭神として知られる經津主神(経津主神、ふつぬしのかみ)は、神武東征で武甕槌命(たけみかづちのみこと)が神武天皇に与えた布都御魂(ふつのみたま)の剣を神格化したとされている。(諸説あり)
山口県防府市に鎮座する剱神社は、社伝によると仲哀天皇が熊襲征討の時、賊徒降伏祈願のため「八握の剣」を御神体とし、現在の社地に素盞嗚尊を祀ったことに始まると言われている。
福島県南相馬市鹿島区北右田釼宮には、御刀神社(みとじんじゃ)という名前の神社があり、こちらの祭神も経津主神と伝わっている。記録によると、神体は「千歳の古刀」であるという。
また、静岡県伊豆の国市戸沢には剣刀神社(たちじんじゃ、剱刀神社)がある。祭神は剣刀乎夜尓命(一説には日本武命と草薙剣とも)で、剣を祀っていると伝え、本殿には鉄製の古剣が祀られているという。
兵庫県内では、加西市に劒之宮王子神社(つるぎのみやおうじじんじゃ、主祭神 国常立尊)という神社が鎮座している。
ここは、少彦名命(すくなひこなのみこと)が当地を治めていた時、剣が出土したことから、この剣を「十束の剣」と名付けて祀ったことに始まると言われ、地誌「播磨鑑」には「剣の宮」と記されている。


(注.1 仏教でも神道でも墓というものは存在するが、上代及び近代の神道墓は「奥津城」(おくつき)或いは「奥都城」と呼ぶ(墓石に刻む)事が一般的であるので、「墓」と記されていたとしたら仏教様式ではないかと推察した。)






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