脚だけの男
(「下半身」 改題)


投稿者 : Black Velvet

昭和58年(1983)か59年(1984)頃のことだったと思う。当時一人暮らしをしていた私の所には家出をしてきた友人Tが居候していた。
ある日のこと、何が切っ掛けだったかは忘れてしまったが私が幽霊を見たという話をTに話したところ、幽霊とかそいうったものをまったく信じないTはただ笑って馬鹿にするだけだった。
正直、私とて何度か幽霊と思われる存在を見てはいるものの、幽霊の存在を100パーセント信じているかと言われれば微妙なところで、実際にそういった体験をしたことの無いTが私の話を信じられないのも無理も無い話なのかもしれない。
しかし、あまりにも私の話を馬鹿にするので、勢い余って「それならば深夜の墓地に肝試しに行こうじゃないか」とTに提案。まったく信じていないTは、「幽霊なんている訳ないんだから(深夜の墓地なんて)なにも怖くない(笑)」と言って私の提案に二つ返事で乗ってきた。むしろTの表情は余裕さえ感じられ、楽しそうにさえ見えた。
この時、勿論幽霊が出てくる保証などあるはずもなかったが、私の心の中では「(いるかいないか見せてやるから)それならば深夜の墓地に肝試しに行こうじゃないか」という気持ちだった。

深夜2時。いわゆる草木も眠る丑三つ時。
当時住んでいた家から歩いて1kmほどの所にある大きな公園墓地にTを連れて行った。
そこは地元では心霊スポットとしてそこそこ有名な所で、幽霊を見たとか、トイレから女の人のすすり泣く声が聞こえたとか、肝試しに行った若者が何者かに足首をつかまれたといった話を聞いたこともあり、実際私もそこで何度となく不可解な現象に遭遇した事があった。それだけにTを連れて行くにはちょうど距離的にも場所的にも良いのではないかと考えたのだ。

墓地に着いて苑内を散策する。深夜2時、時折周囲を行き交う車の音が聞こえてくるが、それも奥へと進むにつれ遠くなる。幽霊の存在を信じないTと、どちらかと言えば心霊全般に対して懐疑的で、更に夜中に無縁墓地の中を一人で歩けるような私という組み合わせ。そんな二人が幽霊が出るといわれる場所を中心に何の躊躇もなく苑内を散策する。

苑内の3/4ほどを回っただろうか。特に変わった事もなく肝試しという名の散策も終盤へと差し掛かった時のことだった。
墓地の真ん中を貫くように車道が走っていて、私たちの数m向こうに車のテールライトが見えた。深夜の墓地とはいえこの道を抜け道として利用する車もあるので、車が走っていること自体は特に珍しい事ではなった。
ただ、不思議な事にそのテールライトは車道を外れ、林立する墓石群の中に吸い込まれるように向かっていったのだ。遠目なので車体までがはっきりと見えた訳ではなかったが、確かにテールライトは車道の無い場所を走り墓石群の中に消えた行った。
「今の見た?車が墓の中に消えたよね?」横にいたTにそう訊いたのだが、Tは頑なに墓石にテールランプが反射してそう見えたのだといって目の前で起こった現実を受け入れようとしない。本当に信じていなかったのか、現実を受け入れるのが怖かったのか、それは本人しか分からないのだが。
往生際の悪い奴… 内心私はそう思いつつ、釈然としない気持ちのまま車道脇の歩道を歩いて家に向かっていた。
歩道には数mおきに水銀塔が設置されていて夜でもそれなりに明るく、月明かりもあって真っ暗闇という事もない。

先ほどのテールライトを見てからしばらく歩いた時、それはいた。
水銀塔の下、グレーっぽいスラックスに黒い靴の男性らしきものが1mほどの間隔を行ったり来たりしている。深夜の墓地にスラックス姿の男性がいること自体が奇妙な光景なのだが、それ以上に奇妙で不可思議な光景がそこにある。
その男性は、腰のベルト辺りから上が消えて無くなっている。腰の辺りからその姿はおぼろげになり、向こうの松林がはっきりと見えている。つまり下半身だけが行ったり来たりしているのだ。
私たちの存在に気付いているのかいないのか定かではないが、その下半身はただ1mほどの間隔を行ったり来たりを繰り返す。消えるでなく襲ってくるでなく。

「おわかりいただけただろうか…」思わず某心霊系DVDのあの有名な台詞をドヤ顔で言いそうな気持ちを抑えて隣に目をやるとTがいない。(※この恐怖系DVDの第一弾が発売されたのは1999年で、この当時はまだ発売されていない)
Tは腰が抜けたのか地面にへたり込んで放心状態となっていた。不謹慎かもしれないが恐怖で腰が抜けるという事が譬えではなくて実際にあるのだなと思った。更にこの時私の中には恐怖という感覚は全く無く、私の事を馬鹿にしたTに雪辱を果たしたといった勝ち誇ったような感情しかなかった。
話を戻そう。
当のTはそれどころではない様子。それまで全く信じていなかった、いや否定さえしていたものが現実として目の前に現れたのだから、それを受け入れられず混乱しているようだった。
地面にへたり込んだままのTを横目に、私は意地悪く「ほら、本当にいたでしょ(笑)」と呆然とするTに追い討ちを掛ける様な事を言っていた。更に私はあろうことか、それがこの世のものでないことを強調するため道に落ちていた石ころを手にとって、その下半身だけの男性の消えて無くなっている上半身目がけて石を投げてみたりもしていた。当然石は空を切って闇の中にと消えてゆく。(それでもその下半身だけの男は一定間隔を行ったり来たりを繰り返していた。)
そんな私の嫌味にさえ反応しなくなったTはまるで魂が抜けたようにただそこにへたり込むだけだった。

それからが大変だった。
すっかり魂が抜けたようになってしまったT。いくら呼びかけても返事もせずに虚ろな目で何処かを見てるだけ。手を引っ張って起こそうとしても地面にへたり込んだまま一向に動かない。
もはや幽霊どころではない。目の前の生身の人間の事で精一杯である。
結局、Tの腋に自分の頭を入れるようにして肩を貸すような体勢で、半ば抱えるように半ば引きずるようにして必死でTを家まで連れて帰った。

翌朝、目が覚めたTに話を聞こうとしたがその事についてTは一切何も話そうとはしなった。






本ページはフレーム構成となっております。
左端にメニューが表示されていない場合はこちらからどうぞ。