処刑場跡

投稿者 : Black Velvet

令和3年(2021)11月13日。
兵庫県の北中部に出掛けた時の話。
予定まで少し時間があったので、例によって寄り道を企てる。
目的地は戦国時代の処刑場跡。当地方の有力な武将もここで斬られたという話が残っている。
現在、周辺はダム湖の湖底となり、近傍に供養のための地蔵尊が祀られているということだった。

家を出た時間が遅かったという事もあり、西日に追われるように目的地へと向けて車を走らせる。
ある程度の大まかな所在しか把握出来ていないが、ダム近傍という事に間違いは無いので取り敢えずダム湖を目指す。
事前に確認していた情報ではダムまで車の乗り入れが可能という事だったが、途中ここであっているのかと思うような所を通る。程なくして目の前が開けダムに到着。
僅かな情報を頼りにダム湖の周辺を走るが、一向にそれらしい場所も地蔵尊も見当たらない。
おおよその見当を付けて進んで行くと、少し進んだところで道は行き止まりとなっていた。ダム湖へと注ぐ川を跨ぐ橋を渡った向こうにチェーンが張られ、その先は舗装されているが雑草に覆われた細い道が山の中へと続いていた。
場所的にはほぼこの辺りで間違いないはずなのだが、肝心の地蔵尊が見当たらない。
橋の少し手前のやや広くなった場所に車を停め、スマホでいろいろと調べていた時…

ザッザッザッザッ

それは風に揺れる木々の音とかではなく、明らかに落ち葉を踏みしめて歩く足音だった。
すぐ横の雑木林の中から何者かがこちらに向かって歩いて来る。周囲が静かであったとはいえ、窓を閉めた状態の車の中からでもはっきり聞こえる程なので、今にして思えば相当近くまで来ていたのではないかと思う。
山菜採りや山仕事の人かとも思わなくは無かったが、周囲に車は無く、加えて夕闇迫る人気のない山の中。
こんな人気のない山奥で一体誰が何をしているのかと考えると、幽霊云々より当然生身の人間の方が怖ろしいという感覚が先に立つ。
(考え過ぎなのは分かっているが、ダム湖ということもあり死体でも棄てに来たのかと思わなくもない…)
ブレーキを強く踏み、ギアをR(バック)に入れ、息を殺して相手の出方を伺う。
敢えて誤解を恐れずに言わせてもらうなら、非現実的でもあり、余りに人の道に反する考えではあるのだが、バケモノか野生動物か凶悪犯かは分からないが、“相手の出方次第では轢くことも辞さず“ぐらいの気持ちでいたのは事実である。
いうなれば、自身の中にはそれだけ張り詰めた空気が漂っていた。

歩数にして5~6歩ぐらいだろうか。何事も無かったようにピタリと足音は止んだ。
暫く様子を見ていたが、それ以降、何かが動いたような気配も立ち去ったような気配も無かった。
辺りは何事も無かったように再び静寂に包まれた。

場所柄、野生動物(鹿や猪)だったのではないかと思わなくも無いが、これまで何度か山の中で野生の鹿や猪とは遭遇したことがある。僅か5~6歩程度ではあったが、動物の足音と言うよりはあれは人間の足音だったように思えてならない。




翌日14日の午後7時54分ごろ。
夕食後、急に鼻詰まり、頭痛、加えて悪寒がする。体温を測ると平熱なので昨今喧しく言われている新型コロナ云々ではなさそうだと思い、早々に布団に潜り込む。
暫くして、いきなり枕元に置いてあった電子体温計が「ピピッ」と鳴る。見てみると「32.4℃」(注.1)を示していた。
室温にしては高すぎるが、体温にしては低い。
更に言うと、電子体温計は使用後電源を切っていたし、オートパワーオフなのでそのまま電源を切り忘れていたとしても自動で電源は切れているはずなのだが。

それを不思議がっていると、妻が「昨日の(ダム湖傍の山中で遭遇した足音の主)が付いてきたんじゃない?(笑)」と宣(のたも)うた。

注.1 Twitterへの投稿では「32.8℃」としていたが、正しくは「32.4℃」だった。






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