あそこに二人
ご投稿 : F 様


一庫ダム西側に今は水没している旧龍化隧道があります。
元々水没する前は旧国道のトンネルでした。
大正9年、能勢森上出身の植上氏(旧姓塩田)が私財を投げ打って製造した、素堀隧道です。
それまでは川沿いに貧弱な道がありました。
龍化とは、一度雨が降ると川は龍の如く激流になり、通行が困難になることからきています。
この隧道と下流にある圓山隧道により雨の日でも通行が容易になりました。
昭和34年、龍化隧道は素堀のまま拡幅され、国道173号線のトンネルになり、沢山のクルマ・バスが通りました。
昭和56年、一庫ダム完成に伴い湖底に沈みました。
この件については、“湖底に沈んだ千軒道・国崎道”の著者である塩田豪一氏と、千軒に5代住んでおられる木森氏から情報を得ました。

さて本題です。
いつものように、今度はA君と夜中に、水没した国道の上を通る周回道路を走っていました。
周りは真っ暗で川は見えません。
私は何十回も通っていますので、どこにいるかは分かりました。
途中、吊り橋の所に差し掛かった時です。
真っ暗な闇を指差しながらA君は「あそこに、男が2人いる」と言いました。
クルマから降りて確認しました。
真っ暗な谷で、何がどうなっているか分からない状況ですが、私は勝手知ったるで、分かります。
指差した場所は旧龍化隧道と川の間でした。
私は「え?なんで分かるの…?」と思いました。
クルマに乗り、周回道路にある新龍化隧道を通った時です。
「ここは、ムチャクチャヤバい。」と叫びました。
新龍化隧道の出口には旧龍化隧道の記念碑があり、そこにクルマを停め、谷を確認しました。
A君は言いました。
「道路にいる分には安全だけど…下に降りたら、川にひきこまれますよ。あそこに2 人、男がいます。かなり昔に溺死したみたいです。」
私は「お前、知っているの?」と尋ねました。
いや、知るわけ無いはずです、龍化隧道が出来る前のことなんか…。
実は旧龍化隧道が出来る前、明治時代、雨の中を危険な状況下、川沿いの道で川の流れに呑まれて2人の男性が死亡しています(記録に残っています)。
それがちょうど旧龍化隧道の横でした。






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