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 がんぼう岩のカレンダー 【北海道紋別郡遠軽町】 (ご投稿 : ヘイゲン 様)

北海道の遠軽(えんがる)町での話です。
今から20年程前の年の瀬に、ある信用金庫が各家庭にカレンダーを配布したそうです。
その中の一枚に遠軽町のシンボル「瞰望岩」(がんぼういわ)を写したものがあったのですが、その写真というのが、昼間に撮影したにもかかわらず、全体が夕焼け或いは血に染まったように真っ赤で、瞰望岩のそこかしこに人の顔や人骨のようなものが30数体程写っていたそうです。
直後に、その信用金庫がカレンダーの回収を行ったそうですが、時既に遅く回収もままならなかったそうです。
瞰望岩は昔アイヌ民族の古戦場だったそうなので、このような写真が写っても不思議ではなかったのかも知れません。
ただ残念な事に、この話は私が聞いた話で、実際にこのカレンダーを見たことは無く、見た人も居るそうですが一種の都市伝説だとも言われ真偽の程は定かではありません。



 チヨマトウ 【北海道帯広市西15条北2丁目】 (ご投稿 : Nightmare 様) 

帯広に「チヨマトウ」(もしくは「チョマトー」)という小さな沼があります。
神理教北門神社という神社の境内?横にある小さな沼で、諸説あるようですが、チヨマトウとはアイヌ語の「チ・ホマ・ト」(ci-homa-to)の意味で「我々、忌み嫌う、沼」の意味と言います。北門神社が建立した「チヨマトウ 戦没者慰霊碑」には『チヨマトウはアイヌ語で「恐ろしい沼、害を受ける沼」という意味である。』とあります。他にも「悪霊が住む沼」、「腐敗した沼」の意だという話もあるようです。漢字では「血妖魔沼」、「血寄魔沼」の字を当てるとか。

幕末の探検家で蝦夷地を探査し、北加伊道(ほっかいどう、後の北海道)という名前を考案した松浦武四郎が帯広を訪れたとき、蝦夷地(現在の北海道)の内陸部の地理調査に関する日誌『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌』(ぼごとうざいえぞさんせんちりとりしらべにつし)にも、チヨマトウのことを「チヨヽマトウ 谷地中に小沼一ツ有。此水赤くなり手本川え落。」と記しています。

西暦1800年頃、北見アイヌ(日高染退(しぶちゃり)アイヌとも)が十勝アイヌの財宝や美女の略奪を企てコタン(kotan、アイヌ語で「集落」、「村落」の意。後世「古丹」、「古潭」などの漢字が当てられた)を六十人で襲撃。当初、劣勢だった十勝アイヌでしたが、火の神に祈りを捧げると状況は一変、十勝アイヌの猛反撃に北見アイヌはチヨマトウにまで敗走。北見アイヌはこの沼まで来て休息をし、沼の水鳥を捕らえて空腹を満たしていました。しかし、北見アイヌが休息をとっている間に十勝アイヌが周囲を包囲。
十勝アイヌの襲撃に逃げ場を失った北見アイヌたちは、ある者は沼に飛び込み自ら命を絶ち、ある者は討たれ、戦死者の血でこの沼の水が真っ赤に染まり、溺死した者たちの亡骸が腐って浮いていたという伝承があります。

今でこそ小さな沼ですが、かつては現在のチヨマトウのずっと南を走る国道38号線の辺りまで広がる巨大な三日月湖だったそうです。
その後、埋め立てなどで徐々に小さくなり、2004年、それまで沼を迂回するように通っていた玄武通りの直線化工事で沼の真ん中を貫くように道路が作られ、沼の2/3が埋め立てられてしまいました。

現在、チヨマトウの傍らには、北門神社によって「チヨマトウ神社」と前述の「チヨマトウ 戦没者慰霊碑」が建立されています。



 鳥取のお化け屋敷 【北海道釧路市 鳥取】 (ご投稿 : ジーニー@弐寺 様)

鳥取(鳥取砂丘のある鳥取じゃなくて、釧路に鳥取って所があります)にお化け屋敷がありました。随分前の話なので今もあるのかわかりませんがw 鳥取分岐(地名)には、雨の日に親子の幽霊が出るってウワサがありましたね。



 呪われた車 【北海道】 (ご投稿 : 月曜日が嫌い 様)

祖父から聞いた話です。
今から50年以上前の事です、ある女性が車を運転していて、後ろから来た車に追突された女性が首の骨を折って亡くなるという事故がありました。
当時、車はとても高価なものだったので、この車は修理され売りに出されたそうです。
知ってか知らずかある人がこの車を買ったのですが、夜にこの車に乗ると、バックミラーに女性の顔が映るのだそうです。
気味悪がった持ち主はこの車を売り払ったそうで、当時30万円(管理人補足 : 現在の120万くらい?)だったこの車も6千円(管理人補足 : 現在の2万5千円前後?)で青森に売られていったということです。
その後、この車がどうなったのかは分かりません。



 百人浜 【北海道幌泉郡えりも町】 (ご投稿 : シゲルヤイズミ 様)

えりも岬に百人浜という海岸があります。その昔大きな船が遭難して、船に乗っていた人たちがこの浜にたくさん打ち上げられたそうです。その人たちが飢えと寒さでここで亡くなったといい、亡くなった人が100人もいたためにこの名前が付いたそうです。
苦しそうなうめき声が聞こえるとか、幽霊が出るといった話があって、以前ここにキャンプ場があったのですが、幽霊の噂のために潰れました。



 富美(ふみ)の家 【北海道紋別郡上湧別町】 (ご投稿 : 光汰 様)

いろんな話があるみたいですが、私が聞いたのはこの家に住んでいたお婆さんが一家皆殺しにしたという話です。
ここに遊び半分で入った若者が事故にあったとか気が狂ったとかって聞きました。
ヤンキーが火をつけて燃えてしまって今はありません。