秘伝を守り続けた集落

最初に。
本編は過去の日本の因習にまつわる話として取り上げたものであり、決して、知的障害者や特定の地域、集落、個人、家族、風習などを揶揄するものではない事をお断りしておく。

近畿地方のある山間部の集落(現在は町になっているが)では、伝統技術を守るために忌まわしい因習にとらわれた結果、悲劇的な結末を迎えた集落がある。
周囲を高い山に囲まれ、川沿いの小さな盆地に出来たその集落は、集落の中を通る街道が無ければとうてい人など住まなかったであろうと言われるほどの場所である。
地誌によれば、「太古人跡絶ちたる深山なりし。人の住みたるは、藤原仲光なる者、熊猟の目的を以って来り、庵を結びたるに初まる。」とある。
この集落は、かつて日本古来のある伝統技術を有する日本でも有数の集落だった。ただ、残念ながらその伝統技術が何であったかをここで述べる事は出来ない。それは、その伝統技術を明かすと、この集落が特定されてしまうという程有名だったからである。
さて、この集落ではその技術が外部に漏れ伝わる事をことのほか恐れていた。それゆえ、集落の人間は、外部の者との交流を極力避け、他所者を受け入れないことはもとより、集落の者が集落から外に出ることもほとんど無かったほどだという。
そうした結果、おのず集落内での近親婚が繰り返され、やがてそれは知的障害者を多く生み出す結果となった。
そうして、やがて伝統技術の後継者が居なくなり、この集落の伝統技術は廃絶した・・・

実際、近年まで集落の旧家数軒では知的障害者が生まれる例が多くあったらしく、誰も表立って口にはしないが、B家(仮名)といえば地域では知らない人が居ないほど旧家としても、知的障害者の血筋としても有名だったらしく、この話を私にしてくれたAさん(仮名)が中学生の当時(平成元年(1989)前後)は、よくこの旧家の知的障害者の方が学校に勝手に入ってくるという事が多々あったという話である。
事実、Aさんも実際にこの風景に出くわした事があるらしく、その時はB家の人が自転車で中学校の校庭を走り回っていたそうで、それを見たサッカー部の人がBさんめがけてサッカーボールを蹴ったそうだ。 見事サッカーボールは命中し、Bさんは自転車もろとも倒れたそうだが、それでも、Bさんは何事も無かったようにまた走り出したという・・・

尚、この話は、Aさんが中学校の「地元の歴史」の集合授業で聞いた話なので、都市伝説や単なる噂ではないとの事である。






本ページはフレーム構成となっております。
左端にメニューが表示されていない場合はこちらからどうぞ。