H中学校

兵庫県中東部にあるH中学校。現在の学校が建つ以前、ここには結核患者の隔離病院があったという。
今ほど医療の発達していなかった昭和20年代、結核は有効な治療薬がなく不治の病と言われていた。
隔離され家族の面会もままならず、不安や死の恐怖に怯えるあまり中には自らの命を絶つ患者もいたという。ある者は首を吊り、ある者は傍を流れる川に身を投げたという。
そんな悲しい歴史のある場所に建てられた学校では、夜になると苦しそうな呻き声が聞こえてきたり、傍を流れる川面に何人もの人が立っている姿が見られるという。

※おことわり
施設名、所在地、人物、団体等の名称及び画像等については公開できことないことをご了承ください。



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