K山と呼ばれる場所のKという住宅街の入口にあたる所に廃墟となった一軒の家がある。(※ 現在は解体撤去されている)
庭木は伸びるに任せ家を覆うほどに生い茂り、玄関の門扉は崩れ落ち、玄関のガラスは割れ、辺りにはゴミが散乱しているといった荒れ様だ。 玄関には「売物件」という連絡先の書かれた看板が掛かっているが、もはやその荒れ様はとても売物件とは思えない。
廃墟の醸し出す特有の空気も然ることながら、それ以上に異様な光景はこの家の建っている場所のせいと思われた。
真偽のほどは定かではないが、この家はかつて墓地であった場所を造成して建てられたと言われている。
最初にこの「K山の廃屋」について書いたのが2002年4月。 私がここについて調べ始めた頃、ここで起こる怪現象がどの様なものなのか定かではなかった。しかし、皆様から寄せられた情報を見るとひとつの共通点があることに気付いた。 壁に浮かぶ赤ん坊の顔、夜中に聞こえる赤ん坊の泣き声、座敷わらし(民俗学者佐々木喜善は座敷童子について、口減らしのために間引かれた子供の霊ではないかと述べている)、『呪怨』のモデルになったという話、これらの怪現象は何れも幼くして亡くなった子供の霊によって起こされていうのではないだろうか。 更に、墓地に隣接するこの場所は前出の三木市民様のお話によると、かつて後産を埋める(捨てる)場所だったという。 これは私の想像でしかないが、穿った考え方をするならこの辺りは後産を埋める場所だけでなく(病原体による汚染等の観点から後産を埋めるという事は普通に考えられる事ではあるが)、かつては間引きされた子供たちが埋められた場所でもあったのではないだろうか。 後産を埋める場所というのは世間を憚るためであり、ここには間引かれた子供たちも埋められていた。そう考えるのは飛躍しすぎだろうか。 補記 2015年8月22日の追記として、 ここを【情報提供のお願い】に掲載されている「#54 緑ヶ丘の呪われた家」とする話もあるが、緑ヶ丘と本箇所は(仮に緑ヶ丘の中心からとして)直線でも約数キロメートル離れており、緑ヶ丘の呪われた家とは別物と考えられる。 と書いたが、その後の調査等により本箇所(K山の廃屋)がほぼ「緑ヶ丘の呪われた家」と同じものであるという結論に到る。
2017/12/20 加筆再編集。
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