軍人病院 (I町)
(感染病棟)

兵庫県南東部某所、山間を蛇行する川を臨む丘の上に通称「感染病棟」はある。
この病院は現在も通常通り診察業務を行われているので詳述は避けるが、昭和25年(1950)に京阪神より当地に移転してきたことに始まる。
県下に散在する心霊スポットの中では知名度はそう高くは無いが、地元では有名な心霊スポットとして知られている。
噂によると、ここはかつて軍人病院で、負傷した軍人が数多く収容されていたという話もある。しかし、昭和25年といえば翌年には「サンフランシスコ講和条約」が締結されていることを考えても軍人病院であったという話はにわかには信じ難い。
また、「感染病棟」とも呼ばれており、以前は結核病患者の隔離病棟であったという話もある。これについても色々と調べてみたのだが確証に乏しく現段階ではそれが事実であったのか否かは明言は出来ない。

私がここを訪れた時には新しい病棟が建てられており、(事実か否かは定かではないが)ここが軍人病院であったとか隔離病棟であったという話は想像もできなかった。
その新しい病棟の前、道路を挟んだ向かいに取り残されたように旧館とおぼしき建物があった。既に閉鎖され、中に積もったホコリが歳月を感じさせる。
パイプベッドの上には布団が幾重にも積み重ねられ、また別の部屋には簡易便器などが積み上げられていた。
幽霊が出る、怪現象が起きるという噂があるのはこの旧館である。
ここの二階の窓にベタベタといくつもの手形があったとか、窓から女性の幽霊が覗いていたという。中に入った人の話として、看護婦さんの幽霊が廊下を歩いているのを見たとか、自分とまったく同じ姿をした生霊に出会ったとかいった話もあった。ここに肝試しに来て、車に戻ってみると車内のそこかしこに赤ちゃんぐらいの大きさの手形が付いていたということもあったらしい。
また、この旧館の周囲には結核で亡くなった人の幽霊が今も成仏出来ずに彷徨っているという話も聞いた。

※おことわり
現役の医療施設という性質上、施設名、所在地、人物、団体等の名称及び画像等については公開できことないことをご了承頂きたい。






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