狩口交差点

国道2号線を神戸市内から明石に向かって進むと、JR朝霧駅の手前で大蔵海岸添いを走る国道28号線との分岐が現れる。目の前には二つの国道を跨ぐように朝霧歩道橋が見える。
ここは以前より事故が多発する交差点として知られ、昭和の頃は「呪われた場所」と呼ぶ人もいた。

道路の分岐部分には交差点の名前を記載した交差点名標識は上がっていないが、西に50メートルほどの朝霧歩道橋のすぐ下の辺りに「狩口」と書かれた標識がある。
「狩口台」でも触れているが、狩口という地名は朝霧駅南の台地周辺の地名で、明石市大蔵谷字狩口、神戸市狩口台等がある。
第14代仲哀天皇の時代、麛(注.1)坂皇子(かごさかのみこ、香坂王)、忍熊皇子(おしくまのみこ)という二人の皇子が反乱の成否を占う祈狩(誓狩、うけいがり)をここで行っていたとか、ここで軍事訓練を行っていたという伝説があり、狩場の入口であったことから「狩口」の地名が付いたと言われている。
朝霧駅の南に明石藩の「畑山刑場」があったことから、「狩口」という地名を処刑場と結び付けて語られることがままあるが、狩口という地名が処刑場に由来するというのは後世の付会に他ならない。(「狩口台」参照)
事故多発の原因として一番に考えられることは交通量の多さと道路の構造的な部分が大きく関係していると思われるが、すぐ側に明石藩の処刑場「畑山刑場」があったことから、処刑場の地に染み付いた罪人達の怨み(注.2)が今も次々と事故を引き起こしているのだとも言われている。延いては、歩道橋事故もこの処刑場の負の気が影響しているのだということを言う人もいる。

参考までに兵庫県警察による「路線別交通事故発生状況」の一部を下記に抜粋引用する。
(狩口から大蔵谷駅前を含む区間での統計であり、狩口交差点のみでの事故発生件数ではない事に注意。)

「狩口交差点」の交差点名標識 ・ 路線別交通事故発生状況 平成27年12月末
国道2号 明石市 狩口-朝霧高架橋下-大蔵谷駅前 16件(傷者29人)

・ 路線別交通事故発生状況 平成28年12月末
国道2号 明石市 狩口-朝霧高架橋下-大蔵谷駅前 28件(傷者33人)

・ 路線別交通事故発生状況 平成29年12月末
国道2号 明石市 狩口-朝霧高架橋下-大蔵谷駅前 25件(傷者32人)

・ 路線別交通事故発生状況 平成30年12月末
国道2号 明石市 狩口-朝霧高架橋下-大蔵谷駅前 33件(死者1 / 傷者42人)

・ 路線別交通事故発生状況 令和元年中
国道2号 明石市 狩口-朝霧高架橋下-大蔵谷駅前 66件(傷者86人)
この年の「路線別交通事故発生状況」には「特に交通事故が多発している区間」のひとつとして「明石市内の国道2号、狩口から大蔵谷駅前を含む区間」があげられている。

注.1 
麛 : 「鹿」の下に、左側に「弓」、右側に「耳」
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注.2 
一概に罪人と書いたが当時の司法制度は現代とは大きく異なっており、(明石藩での実態は不明だが)冤罪で処刑された人々も多くいた。無実の罪で処刑されたとしたら、その怨みたるや如何ばかりだっただろうか。
身分制度の維持のため役人は必ず下手人を上げなければいけず、特に当時は自白を重視したため、拷問による自白の強要などで冤罪が発生しやすい環境だった。 江戸小塚原の鈴ヶ森処刑場では、220年間で10万とも20万とも言われる罪人が処刑されたと言われるが、そのうちの4割の人々が無実の罪を着せられて処刑された人々だったという。

関連記事:
・狩口台 (事実誤認の一例)
・畑山刑場  未 了

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