鍋子坂

鍋子坂 兵庫県の山間部、新宮町に鍋子坂と呼ばれる峠がある。
戦国の世、この峠(坂)の頂上である武士が首を刎ねられた場所と言い伝え、刎ねられた首が峠の北に転がったため、その地を「篠首(死の首)」と呼ぶようになったと言う。
それゆえか、深夜ここを通ると突然目の前に巨大な人間の首が上から落ちてくるといい、また、かつてここで焼身自殺があり、その時の焼け跡が今も人間の形に残っているという話を聞き、現地を訪ねてみる事にした。

小さな集落と集落を結ぶ一本道は車一台分ほどの狭い山道で、山間を縫うように曲がりくねって続jく。暫く走ると小さな峠に出て、車がすれ違えるように広くなっていた。切り通しのようになった峠の山の上には地蔵尊が祀られている。恐らくは村に疫病などが入って来ないようにとの願いから峠などの村の境に建てられたものであろう。
私が訪れた時は日中だったのだが、それでも道中は深い木々が立ち込め昼尚薄暗く、街灯も無いので夜ともなればさぞや無気味だと思われる。
車を停め、辺りを見てまわったのだが件の焼身自殺の痕跡らしいものは発見できなかった。有るのは苔むしたコンクリートの防護壁と駐停車で出来たオイルの染みぐらいだった。
峠を下ったところに地元の人が居られたので尋ねてみたのだが、特に不思議な話などは聞いた事が無いということだった。

余談だが、突然頭上から巨大な人間の首が落ちてくるという話を聞いて、私は妖怪「釣瓶落とし」(つるべおとし)の事が思い出された。水木しげる氏の著書などでご存知の方も多いのではないだろうか。
釣瓶落としとは、大木の梢などから突然巨大な人間の首が落ちてくる(下がってくる)というもので、近畿、四国、九州などにその伝説がいくつかが残っており、とりわけ京都に多く出没したと言われる。京都に出没した釣瓶落としは、道行く人を引っ張り上げて取って喰らったともいわれている。
鍋子坂に現れるという巨大な首は、あるいはこの釣瓶落としだったのだろうか…

山間部の集落にある小さな峠に立つと車の轟音さえ遠くに聞こえ、周囲は静寂に満たされている。
「或いは此処ならば…」
釣瓶落としは今も人々の心の中に生き続けているのだろう、私はこの峠でそんなことを思った・・・


2003/02/03 追記
夢を壊すようなので割愛していたのだが、一つの検証の例として追記という形で書く事とした。

刎ねられた武士の首が峠の北に転がったため、その地を「篠首(死の首)」と呼ぶようになったと言う話を挙げたが、この話には続きがあり、首が転がらなかった(=難を逃れた)峠の南側の集落を「福栖」と呼ぶようになったという話がある。
「篠首」という地名は“篠縊”(しのくび)で、篠竹の多く生えた山間の細く縊(くび)れた土地という事から付けられた地名と思われる。
篠首の名は文政古図(文政年間:1818〜1830)にも「篠首」とあり、古くからあったことがうかがえるが、福栖という地名は実は明治初頭に付けられたものである。
福栖はかつての栗栖郷に属し、明治時代初頭に周辺の金井、森本、萩尾、鍋子、清水の五つの小集落を合併し、佳名の「福」と栗栖の「栖」を合わせて命名されたものなのである。
つまり、武士が首を刎ねられた事が史実か否かは定かではないが、少なくとも「福栖」という地名にまつわる話は後世の付会によって生まれた創作なのである。






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