奈 落
1958年4月1日、その日宝○大劇場では花組四月公演「宝○春のおどり・花の中の子供たち」が公演されていた。
その最中、月組のK嬢が回り舞台のセリに乗って奈落に降りようとしたまさにその時、K嬢のイブニングドレスの裾が回転するセリのシャフトに巻き込まれ、ペチコートの輪の部分が胴を締め付けK嬢の胴体を真っ二つに切り離したのだ・・・K嬢は即死だった。
奇しくも、この日K嬢は風邪で休んだ同期の団員の代理で舞台に上がっていての出来事だったという。
享年21歳、あまりにも短い花の命だった。
しかし、それでも宝○大歌劇場は翌日の公演を中止しなかった。
そんな悲しい事故があって以来、関係者の間では誰言うと無く、奈落(舞台の下)に現れる悲しげなK嬢の姿を見たという話が囁かれたという。

かつて宝○音楽学校校庭に彼女の慰霊碑が在り、毎年4月1日には本科生が献花していたが、校舎移転後の慰霊碑の所在は定かでは無い。
同校入口左側と東京の東岳寺(東京都足立区)に女流歌人柳原白蓮が彼女に捧げた詩が刻まれた碑が残っている。

「目になみだこよひの月のなきものを 香ふさくらかうすあかりせり」 柳原白蓮






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