飲食チェーンR T店

弊サイトでは一部事件事故の噂のある場所を心霊スポットとして扱ってはいるが、古の戦乱は別として、明確に何らかの事件事故で人が亡くなっていることが確認出来た場所は出来るだけ掲載しない方向で扱っている。ただ、一部例外的に戦禍、飛び降りのあった物件、事故物件、実際の事件事故に基づいたご投稿情報等を掲載しているので、必ずしもそのルールが守られているとは言えないことについては心苦しく思っている。

これから書く話も現実社会で起きた凄惨な事件に関するものなので、そういった話には触れたくないと思われる方、言ってしまえばオカルトを”ある種のエンターテインメント”として楽しまれる方は、本稿の閲覧はお控えいただければと思う。

国道と有料道路のIC(インターチェンジ)を結ぶように南北に走る幹線道沿い、ガソリンスタンドのそばに半ば廃墟化した一軒の店舗がある。入口には赤く塗られた柱が今も色褪せることなく残されていて、ひと際目立つ存在となっている。

かつてここには某有名ラーメンチェーン店があった。昭和52年(1977)創業、屋台のラーメンを起源とする人気店で、現在(2025年時点)兵庫、大阪に7店舗を展開。兵庫県南部では知られたラーメン店のひとつである。ここはそのチェーン店のひとつだった。
今から20年以上前の平成16年(2004)、ここで店長の男性(26)アルバイト店員の少年(19)に首などを牛刀(刃渡り40センチ)で切られて殺害された。少年は店の手提げ金庫ごと売上金約百万円を奪い逃走。オープンから半年ほどの出来事であった。
少年は逮捕後、神戸家裁姫路支部に送致され、同支部は検察官送致(逆送)を決定。神戸地検姫路支部が起訴。翌年、判決公判が神戸地裁姫路支部であり、伊東武是裁判長は「目的のためには手段を選ばない身勝手な犯行は極限の非難に値する」として、求刑通りの無期懲役を言い渡した。

事件直後に店舗は改装され、半年もすれば人々の脳裏から事件の記憶は薄れ、やがて何事も無かったように通常通りの営業をしていた。しかし、過去の忌まわしい事件の影を完全に払拭することが出来ず、更には折からのラーメンブームによるライバル店舗の乱立の煽りを受け、周辺地域に展開している2店舗と共にここも閉店した。(他1店舗は後述の民事再生法の申請の折、別店舗として独立している。
同店が閉店した詳細な年は分からなかったが、平成19年(2007)1月、運営する企業がに民事再生法を申請。直営店舗がすべて閉店し一部のフランチャイズ店が独立。同店の閉店もこの頃ではないかと思われる。
空き店舗のまま放置された(という言葉は適当ではないが)建物では、事件後、夜間に車で走っていて店を見ると、真っ暗な店舗の中で光のようなものがゆらゆらしていたとか、店の中で白い人のようなものが動いていたといった話がささやかれた。(肝試しや廃墟探索に何者かが侵入していた可能性も無いとは言えない。)

凄惨な事件の現場となった店舗に入店する店は無く、廃墟のような様相を呈している。

※おことわり
(1) 本記事の内容は“ミステリースポット”の紹介として掲載をしているものであり、特定の地域、人物、組織(企業、団体、機関等)、施設、店舗等の名誉棄損、誹謗中傷、揶揄等ならびに業務の妨害等を目的としたものではないことをご承知おきください。
(2) 可能な限り事実確認、検証をしておりますが、情報源は風聞によるところも多く、とりわけ「怪談」や「不思議な話」といった類の物としてお読みいただければと存じます。
(3) 一切の名称、所在地及びそれらに類する情報、及び画像等については公開できことないことをご承知おきください。



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