クレー射撃場跡

クレー射撃場 兵庫県南東部の山間にクレー射撃場の廃墟がある。
インターネット上には(多少のバリエーションは有るが)ここで経営者が射殺された、銃の乱射事件があり多くの人が亡くなった、この射撃場より盗まれた銃による犯罪で多くの人が殺されたといったような噂がある。
その事件が発端となりこのクレー射撃場(以下 射撃場)は閉鎖されたということだった。
どのような理由からかは定かではないが、現在も施設は取り壊される事無く無残な姿を晒している。
そして、廃墟となった射撃場からは今も時折銃声が響いてくるという。

昭和57年(1982)発行の地図には「○○○クレー射撃場」としっかりその名前が載っているので、少なくともこの頃までは営業していたものと思われる。
(その後の調査で昭和39年(1964)に開業したことが判明。)
この古い地図をたよりにS氏と共にクレー射撃場(以下射撃場)を探した。
おおよその見当をつけ車を走らせるも、車一台が通れる程度の狭い住宅街の中に迷い込んでしまう。それでも、勘だけをたよりに車を進めると至る所に「この先行き止まり」の看板が行く手を阻む。
その都度、諦めて車をUターンさせて再び探索を開始する。
そんな事を何度となく繰り返しているうちに面倒臭くなった私は、S氏の止めるのも聞かずに傍にいたおばさんにクレー射撃場の場所を尋ねることにした。
廃墟となった射撃場に何の用かと不審に思われるかと多少臆していたのだが、以外にもおばさんは道順と共に射撃場について色々と教えてくれた。
どうやら、おばさんの話によると射撃場は、先程の「この先行き止まり」の向こうにあるということだった。
正直が災いしたのか、何度となく目の前まで来ていては引き返していたのだ。

再び来た道を戻って行く。
「この先行き止まり」の看板をものともせずに進んで行くと、大きな池が見え、池の横を通る道を塞ぐようにして通行止めのバリケードが置かれていた。
傍らの空き地に車を停め、徒歩で射撃場に向かう。
雑木林の中、舗装された道を池に沿って歩くこと数分。目の前が開けたとたん、巨大な廃墟が視界に飛び込んできた。多角形をしたクラブハウスとおぼしき建物と倉庫あるいは射撃用の建物と思われる横長の建物が雑草に埋もれてひっそりと佇んでいる。
窓ガラスはことごとく割られ、クラブハウスと思われる建物は火事に遭い全焼していた。その姿が殊更に無残な雰囲気を漂わせていた。
先ほどの地図で確認すると、まだ色々な建物が在ったようだが現状では確認できなかった。
クラブハウスと思われる建物の入口には「定礎 1964年8月」の文字が見える。今から39年前に建設されたようだ。閉鎖されてからどれだけの月日が流れたのだろうか。

さて…本当に銃の乱射事件はあったのだろうか? そして、閉鎖された理由とは?
先程、道を教えて下さったおばさんが本当の事を教えてくれた。
結論から言ってしまうと、ここで銃の乱射事件などは無かった。もし、そんな事があったとしたら当時の新聞の一面記事になっていたであろうし、誰かの記憶に残っていてもおかしくないはずである。
ただ、この射撃場で銃の盗難があったのは事実らしい。その銃が発見されたのか否かについてまでは分らなかったが、この銃の盗難がきっかけでこの射撃場は(平成元年(1989)に)閉鎖される事になったというのが真相らしい。
今回も、廃墟に尾鰭がついて一人歩きしたというパターンだった。射撃場という場所柄、この手の話が生まれる土壌としてもってこいだったのだろう。

1990年代に火災により施設の一部が焼失、平成19年(2007)11月解体された。

末筆となりましたが、今回の探訪は平素より様々な情報をご提供頂いているS様にご同行戴いてのリポートでした。この場をお借りしてお礼申し上げます。


2003/12/01 追記
2003年12月1日。佐古様よりクレー射撃場について以下の様なご寄稿を戴きました。

近所の山に射的場がある。そこで昔、銃が盗まれて放火されたらしい(あんまり覚えてない)
1年位前、一回きもだめしに友達6人ぐらいで射的場まで行ったんですよ。
立ち入り禁止って書いてある札鎖(一応許可とってる)をくぐって中に入ろうとしたらショットガンの弾が落ちていてメチャクチャびっくりしました(汗
やっぱ行くようなところじゃないですね(本気)

それとそこの池、昔からその池が自殺多発でしょっちゅう「死体があがったぞー」って叫ぶおじさんがいたのを覚えてる。
友達が一回見に行った事があって、ブクブクの水死体だったらしい。
その子ったらそれがトラウマになっちゃって鬱になったんだって(*´∀`)ヤァネ
でもその池は見つけても入らない方がいいですよ(本気で)
友達がそこの池の柵に入ってしまって草むらとかに、靴とか色々捨ててあったそうです。しかもそのあと、その土地の主にメッチャ怒られたそうな・・・・
今はもちろん立ち入り禁止の場所です。

2008/11/04 追記
2008年5月8日。DARK RUBY様よりクレー射撃場について以下の様なご寄稿を戴きました。

○○○射撃場(管理人修正)についてですが、ユネスコ会館と同じく笑ってしまうような事実誤認があります。

既に解体さていますが、○○○射撃場でライフル銃を乱射して死傷者が出たという話は”大ウソ”です。
あそこは狭い集落を抜けて(登って)行かないとたどり着けないのですが、そこをアメ車で暴走して通っていたM氏(トラップシューター)のせいで近隣の住民とトラブルになったのです。
おまけに、折からの射撃ブームも銃刀法の改正に伴い下火になり、経営者の建設会社はあっさり廃業にしたのです。

○○○射撃場はクレー射撃場です。ショットガン(散弾銃)しか使用できません。
何故ライフルが使用されたのでしょうか?
これは、銃の事を知らないひとがライフル銃と散弾銃の違いを知らないところから出たデマだからです。
私は射撃をします。これらの話(○○○射撃場に関する話)は近隣の射撃場関係者や銃砲店で聞けば誰でも知っている事実です。

私は数年前に上記のパッチ池で釣りをした際、偶然訪れた事がありますが、気持ちの悪い気配はなにもありませんでした。
写真もありますが、どこかで見たサイトにはオーブとやらが写っているとの事でしたが、ただのレンズ内部に付着したチリでした。
(私は、カメラ歴も相当長いです。皆さん想像力が逞しいです。)

日本で自殺以外で死亡事故があったのは他の兵庫県にある射撃場です。

ここは、数年前暴発事故で死人が出ました。死因は脳挫滅。
当日、風邪気味だと訴えていたその人の射撃をクラブハウスで聞いていた従業員が、不意に静かになったと思って見に行くと射座から何メートルも後ろに仰向けに倒れていたそうです。
日本の全射撃場で事故死はここだけです(他は自殺、暴発を被弾程度)
関係者の話によると、仰向けに倒れた男性の下あごから上が無く、下あごの歯並びが見えた時点で、「あ、これはだめだ」と実感したそうです。
その事件はつい最近まで射撃の教本に事故の実例として掲載されていました。
(まだ、掲載されているかも知れません。)

実銃の所持許可がないとこのような施設には立ち入りできませんが、(山の中を切り開いたから当然かもしれませんが)その事件の起きた射座(ライフル射座)に入ると、以前から年間を通してジメジメずっとするのです。装備品が錆びるのも早いです。何かのガス?
気持ちの悪い感じは無いのですが、いつまでも冷たい湿気に包まれ感が続きます。

この射撃場、前経営者がK市内在住の医者で、暴力団から借りたお金を返さなかったせいで、港に沈められたそうです。
沈められる直前に、現経営者の関係者が(射撃場を)買いとったそうですが、その人もまともな死に方をしていません。
ここはまだ営業してますが、見学者立ち入り禁止と大きな看板が出ています。

この射撃場一帯、昔の合戦場跡ですし、酒鬼薔薇事件の近くでもあります。ジメジメした場所ですね。

※上記の話は、現経営者の極近い人間に聞いた話ですので間違いありません。
事故当時、第一発見者でもあるその友人は現在、経営から離れています。

DARK RUBY様よりご投稿戴いた写真はこちらから。
【クレー射撃場】


2019/04/02 追記
平成19年(2007)11月頃に解体された。(情報提供 2FI-XX様)


クレー射撃場の画像はこちら(外部リンク)
【 Ruins 】 ⇒クレー射撃場





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