特別に怪談や噂の類は聞いたことがなかったが、廃屋というものはそれだけで独特の空気を醸し出しているものである。
昭和59年(1984)頃、神戸市垂水区某所の高速道路にかかる陸橋の南橋詰に小さな廃屋があった。 はっきりとは憶えていないが木造平屋建ての民家で、今思えばかなりこじんまりとした造りだったように思う。 人が住まなくなってかなりの歳月が経ったらしく家を覆い隠すようにススキやセイタカアワダチソウが生い茂り、窓ガラスは割れ、無残な姿を呈していた。 道を挟んだすぐ向いには近代的な高層住宅が建っているという場所でありながら、何故かその廃屋だけが時の流れに取り残されたように佇んでいた。 玄関とおぼしき所にカマボコ板ほどの大きさの木の板が打ち付けられており、そこに黒いペンキのようなもので、ひらがなで「たてがき」と書かれていた。 かつての主の苗字だろうか? それにしても、表札にしては何故ひらがななのだろう… そんなことを思いながら、恐る恐る外から家の中を覗き込んだ私が見たものは… 土壁に赤い色で書かれた、「たすけてください」の文字だった。 誰かの落書きだとは思うのだが、外はもとより(外から確認できる範囲だが)室内のどこにも落書きらしいものは無く、壁の中ほどに書かれたその文字はあまりにも不気味で、今もはっきりと脳裏に焼き付いている。
かつての主が「たてがき」さんであったのか否かは定かではないが、玄関に打ち付けられた木札に書かれていた「たてがき」が苗字であったとしたらどの様な漢字表記で、どのような謂れがあるのか。気になって「たてがき」さんについて少し調べてみた。 |