ゼロ戦墓地

ゼロ戦墓地 兵庫県宝塚市に通称「ゼロ戦墓地」と呼ばれる墓地がある。
高さ約20〜30メートルほどの小山の斜面に戦争資料館が併設されており、そのすぐ下には特攻隊慰霊碑や特攻隊員の墓碑などが並んでいる。
鍵が掛けられた資料館を窓越しに覗くと、薄暗い部屋の中央に等身大よりやや小さ目の木像(観音立像?)があり、周囲の壁には遺影と思われる写真や飛行機、基地の写真や絵など沢山掛けられていた。
資料館の屋上にゼロ戦(複製)が置かれている事から、いつしかここは「ゼロ戦墓地」と呼ばれるようになった。
戦時中に亡くなった無縁仏も祀られているという。

有名な話では、8月15日の終戦記念日に飛行服を着た特攻隊員が手を振って立っていたとか、墓地の中でかくれんぼをしていた子供が軍服姿の青年(の幽霊)に声をかけられたという話がある。
また、ここで火の玉を見た、深夜ここに肝試しに来た若者が資料館を覗いたところ、中に飾られている遺影の目がギョロっと若者をにらみつけた、深夜ここを訪れた時、黒い霧のような人影に追いかけられた、深夜ここに肝試しに訪れた若者が突然墓石が鳴り出したので驚いて逃げ帰った、墓地のそばを流れるドブ川に幽霊が現れるなど、様々な奇怪な話が囁かれている。
かつて(区画整理前?)資料館の前に広場の様なスペースがあったそうで、墓石に囲まれる様に松の木があり、そこで首吊り自殺があったという話も聞いた。

余談になるが、資料館の前には大きな字で『飛天光明之珠海』と刻まれた石碑が立っており、その横には『甲飛十期之碑』、右側面に『神風特別攻撃隊の魁』と刻まれている。
そこには、小さな文字の碑文が続き、『甲飛十期会』の一文があり、末尾に『題文 谷一枝』とある。これは「第一神風特別攻撃隊 敷島隊」の搭乗員、『谷暢夫 一飛曹 甲飛十期』の御遺族の方だと思われる。

実際に私がここを訪れた時はまだ日が高いということもあり、また墓地の区画整理が行われた直後の様で、古い墓碑は移動され比較的新しい墓碑やまだ墓石の建立されていない区画などが広がっていた。件のゼロ戦も最近になって色が塗り直された様で、墓地全体が妙に新しい感じがして噂で聞いていた様な雰囲気はそこには無かった。






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