「公的な存在・職能」として見なす日本の言語慣習に従い、敬称略とさせていただいた。
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この家は、松園開発当初からほとんど人が住まず長い間空き家の状態が続いていたという。空き家のまま放置された家は荒れ果て、いつしかお化け屋敷と呼ばれるようになり、不法侵入が相次いだというのが実情のようである。
不動産業者と町内会の方が持ち主の遺族と交渉して、2011年の年明けに取り壊された。
江戸時代、出羽国上山藩7代藩主、松平信行が山中にあったこの滝を「末広滝」と命名。松平信行に仕えた、出羽上山藩の藩士で儒学者の五十嵐于拙(いがらし うたく)の記録にも記されている。
明治24年(1891)、末広滝の不動尊を信仰していた大津与惣治が愛宕山権現の廃堂を譲り受けて不動堂を建立。
ここはかつて処刑場としてい使われていた(高楯城の仕置き場と言う話もあるが真偽不明)、奉納されている刀で悪ふざけをしていた二人の子供が首のない姿で発見された、草刈りをしていた誤って子供の首を切ってしまった母親が、絶望のあまりここの石鳥居で首を吊って亡くなった、といった話があるが、いずれも噂の域を出ないと思われる。
現在、滝不動明王は撤去され、国有林のため立入禁止となっている。
【エピソード】
1980年代、宜保愛子がここを訪れたが、滝へと続く鳥居の前で「これは私には扱いきれない」、あるいは「ここは私の手に負えない」と言って、立ち入りを拒否したという。
宜保愛子が亡くなったのがここを訪れた直後だったことから、それが原因で亡くなったという話がある。
しかし、1980年代に訪れたというのが事実であれば、亡くなったのは2003年5月のことなので、20数年の隔たりがあり辻褄が合わない。
【備 考】
ここを訪れた直後に亡くなったという話があるが、1980年代に訪れたというのが事実であれば、亡くなったのは2003年5月のことなので、20数年の隔たりがあり辻褄が合わない。
「横向温泉」という名前は、温泉が湧き出ている付近の地形や様子が、女性が横を向いている姿に似ていたため「横向」と呼ばれるようになったといわれる。
平成10年(1998)以降の土砂崩れと老朽化により、現在は両端がバリケードで厳重に封鎖され立ち入り禁止となっている。
平成19年(2007)1月31日に発売されたAKB48のセカンドシングル「制服が邪魔をする」のPVがこのトンネル内で撮影された。
畑トンネルが心霊スポットと知っているオカルトマニアの間では話題となったようだ。
畑トンネル内でPVを撮影した影響か否か、同曲の2番のサビ(2分50秒あたり)に男性のうめき声のようなものが入っていると話題になった。
池畔には
「この付近で事件が多発しておりますので、夜間の立ち入りを禁止します。 東金市・東金市観光協会・東金警察署」
「雄蛇ヶ池遊歩道は、夜間の利用は危険です。 日没以降は立ち入らないでください。 東金市商工観光課」
といった看板が立てられている
都市伝説にしても、随分と失礼な話である。
過去には、とんねるずの石橋貴明が罰ゲームでここに一泊したことがあったという。
この浦賀燈明堂(燈明堂跡)のある辺りを地元では「首切り場」と呼んでいる。江戸時代、この辺りに浦賀奉行所の処刑場があったことからこの様に呼ばれている。
かつては、罪人の断末魔の叫び声と家族たちの泣き叫ぶ声、見物人のどよめきが、対岸の鴨居までも聞こえたという言い伝えが残っている。
幕末の頃、ここからおびただしい数の人骨が堀り出されたという話がある。この人骨に関しては、処刑された罪人ではなく、弘治2年(1556)に起きた、里見氏北条氏の合戦で出た戦死者のものとも、この沖で難破した船の犠牲者であるという話がある。
処刑場であったといわれる場所には、天保11年(1840年)に建立された、高さ6メートルの「南無妙法蓮華経」と刻まれた題目碑が建っている。その右隣りには、同年に西浦賀の東福寺(曹洞宗)の住職、群麟和尚が願主となって建立した大きな地蔵菩薩が建っている。
【エピソード】
詳細不明。(※ 要確認)
戦前は海軍の海兵団があり、過度の指導や上官の制裁で何人もの自殺者が出たといい、木造の本部隊舎(現存せず)などでは度々幽霊が目撃されていたという。
昭和43年(1968)、少年工科学校(現 高等工科学校)の3年生が当時ここにあった池で渡河訓練を実施していたが、突然の天候不良により13名が殉職(溺死)する事故が発生しており、
毎年、事故のあった日に慰霊行事を全校生徒と職員が行うのだが、必ず10人以上の生徒が行事中に倒れることが起こる、夜、部屋にずぶ濡れの生徒が窓から入ってこようとするといった話がある。
深夜に、どこからともなく兵隊が行進するようなザッザッといった軍靴の音が廊下から聞こえるといった話がある。
【エピソード】
駐屯地の近傍に幽霊が出るといわれる建設途中で放置されたマンション(ホテルともいう)の廃墟(解体済み)があり、宜保愛子がここにテレビの取材で来た時、その廃墟マンションよりも武山駐屯地のほうが危険だとスタッフに説明。「あそこには絶対に入れない!入りたくない!」と言ったといわれる。
(武山駐屯地への取材予定があったか否かは不明。)
噂では、防衛大の建っている場所はかつて処刑場があったといい、学生舎の廊下を生首が飛んでいる、学生会館の地下は第二次大戦中に朝鮮人の収容施設になっていて、そこで亡くなった朝鮮人の霊の手が無数に出て来る、過去に何度か首吊り自殺があったといった話がある。
【エピソード】
テレビ東京系の番組で宜保愛子が防衛大の霊視すべく訪れたが、正門の前まで来た時「ここは無理!入れない」あるいは「ここには入れない」といって苦悶の表情を浮かべたという。
【備 考】
実際には構内(校内)での撮影許可が下りなかったため、正門前でこのような撮影を行ったという。
魚津市は所有者に対して施設の撤去を求めてきたが、2億円近い費用がかかることから長年放置されていた。そうした中、魚津市は観光庁の補助金を活用して「坪野鉱泉」を解体撤去する計画を提出。2024年春頃に完全に解体撤去された。
【エピソード】
テレビの取材で宜保愛子がここを訪れたが、「恐ろしくて入ることは出来ない」といって霊視を断念したと言われる。
宜保愛子が”唯一”入ることを拒否した場所と言われている。(古虎渓ハウス、徳之島にも同様の話がある)
【備 考】
1996年(平成8年)、「ホテル坪野」跡地を訪れたと考えられる少女2人が行方不明となった。
24年後の令和2年(2020)、ホテル跡地とは全く別の射水市八幡町にある富山新港の海底から、少女2人が乗っていたものとみられる軽乗用車が沈んでいるのが見つかり、車内から複数の人骨が発見。DNAの鑑定結果や乗っていた軽自動車の車台番号などから、失踪した2人のものと特定された。
令和2年(2020)に公開されたホラー映画『牛首村』(東映、清水崇監督)は坪野鉱泉を舞台としており、実際に現地でも撮影が行われた。
無縁墓の墓石を粉砕したものをコンクリートに混ぜて建てられたという噂がある。
閉館後(火災後)、解体する計画があったが、解体業者や関係者が原因不明の病気やケガに遭い、長い間解体出来ずにいたという話がある。
解体され、現在は有床診療所になっている。
【エピソード】
宜保愛子がここを訪れたが、あまりに霊気が強すぎて立ち入りを拒否したという。
【備 考】
地元にお住まいの方が息子のために家を建てたが、息子が転勤で県外に出て行ったためそのまま誰も住まないままになっていたという。事件、事故などは起こっていない。
人の声が聞こえるという話は、地下室に車の騒音や下水の音が地下室に反響していたのだという話がある。
茶色い外壁の洋風のコンクリート造りの建物で、都留市(山梨県)の人が別荘として建てたという話がある。
半円形の屋根、2階にはバルコニーがあった。家の中央に煉瓦かタイルの装飾が十文字にあった。左右対称に配置された窓が目のように見え、一階の中央にあるガレージがちょど四角い口の様に見え、その左に四角いドア(玄関)があった。その外観はウルトラマンというより人の顔の様に見えたという。
ネット上で見掛ける半円形の屋根に2階の窓が光っている画像は何者かが作ったフェイク画像、或いはホラー映画『悪魔の棲む家』(後述)のものだという。
また、1階はテナントで飲食店が入っており、2階が住居になっていたという話がある。
テナントはここの1階ではなく、横にあったという話がある。ここでは男女の心中があったという。
有名な家だったようだが、ハッキリと正面から写した画像は今のところ見つかっていない。
アメリカのホラー映画『悪魔の棲む家』(The Amityville Horror、1979)に登場するような、半円形の屋根、家の中央に煙突があり、その左右に扇形の窓があるような外観だったのではないかと言われるが詳細は不明。
所有者は東京に住んでいる、一時期、Tさんという方や、韓国の人が住んでいたという話がある。
空き家のまま放置されていたことから、反社会的勢力が安価で購入し事務所(あるいは別荘)にしていたという噂もある。それとは逆に、肝試しの若者などによる不法侵入や、不良などの溜り場にならないようにお化けが出るという話が作られたという話がある。
バブル崩壊後、300万円と言う破格の価格で売りに出されたが、全く買い手がつかなかったという。
この家では、様々な怪奇現象が起こることから、入居退去が繰り返され、1年以上住んだ人はいなかったという。
何度目かの入居者は一家心中したという話がある。
家が建っている場所は、江戸時代に処刑場(仕置き場)があった場所とされている。事実、八田書院(武田、徳川氏に仕え、笛吹川の海運で財を築いた八田家の仕事場として使われた書院)の南に処刑場があった伝わっている。
地中から大量の人骨が出て来たという話があるが、真偽のほどは定かではない。
慰霊碑と解説板があり、立ち入り禁止あるいは慰霊碑に手を触れないようにと注意書きされた立て札もあったというが、確認には至っていない。
処刑場跡というだけでなく、家を建てるにあたり、近傍の墓地から採って来た土砂を造成に使ったといった話まである。
関わると身内が亡くなる、入ると気が触れてしまう、誰も住んでいないのに部屋に明かりが点いていた、ラップ音やお皿が勝手に飛んだり割れたりといったポルターガイスト現象が頻発、2階の部屋から人が覗いていた、女性の幽霊が出る、深夜2時ごろになると2階に首の無い落ち武者の霊が出る、庭に生首が浮かんでいる、庭に人間の手が落ちていた、韮崎市の人がここで首吊り自殺をしたといったように、この家にまつわる奇怪な噂は枚挙にいとまがない。
石和の消防団がここで合宿をした時、幽霊が出たことがニュースになったという。(未確認)
また、深夜に若者が肝試しに来ることで迷惑をしていた高齢男性が、肝試しに来た連中を脅かしていたという話がある。
解体しようとすると事故が起ったり、関係者が変死したため手が付けられないといった話があった。
お払いを行ってから解体作業に当たったが、5名ほどの作業員の方が転落死などで亡くなった、責任者が変死(首吊りともいう)したという話まである。
作業員が亡くなったことについては、新聞(地方紙?)にも乗ったというが真偽のほどは不明。
様々な噂のあったウルトラマンハウスだが、2000年前後に解体、現在は八田家御朱印公園の駐車場となっている。
【エピソード】
テレビの取材で宜保愛子がここを訪れたが、あまりに霊気が強すぎて立ち入りを拒否、企画はお蔵入りとなったという話がある。
明治時代までは乙事村と呼ばれていた。元は「乙骨」(おつこつ)と呼ばれていたものが「乙事」になったというが、乙骨の由来は不明。
スタジオジブリの『もののけ姫』に登場する猪神の乙事主(オッコトヌシ)の名前はこの地名から採られているといわれる。
平成12年(2000年)9月26日、国の登録有形文化財に登録された。
豊田市文化財課の調べでは、トンネル内や付近での事故、災害などで死者が出たという記録は残っていない。
2022年の世界ラリー選手権(WRC)「ラリージャパン」から、伊世賀美隧道がコースに指定され(Day3のSS2およびSS5に設定された「Isegami’s Tunnel」)「最大の見せ場」と言われている。
同年のFIA世界ラリー選手権第13戦「フォーラムエイト・ラリージャパン2022」では、WRC2のカエタン・カエタノビッチ(Kajetan Kajetanowicz)(シュコダ・ファビア・ラリー2エボ)が伊世賀美隧道の出口でクラッシュしており、ネット上では祟りだと噂された。
実際は、砂埃などによる視界不良が原因とみられる。
皮肉にも、これが記録に残る伊世賀美隧道および周辺で発生した”初の事故”となる。
それまで路面は未舗装の砂利道だったが、2023年のラリージャパン前に舗装工事が行われアスファルト敷きとなった。また、現在はLED照明が設置されている。
「せいざんそう」と「しずやまそう」の二通りの表記がある。ネット上の推定件数では、「せいざんそう」が約1,200〜1,500件で全体の約93%、「しずやまそう」が約50〜100件で全体の約7%となっている。
河南製糸工場が病院として使われていた過去はないという話があれば、親族が河南病院に勤めていたという話があり、真相は藪の中である。
平成21年(2009)までに解体され、現在は特別養護老人ホームになっている。
決壊事故云々に関しては、昭和9年(1934)の室戸台風により基礎工事が流失埋没したことがあった。しかし、300人余りの犠牲者が出たというような事実はない。
一般財団法人 日本ダム協会のホームページに掲載されている『用地ジャーナル』(古賀邦雄・水・河川・湖沼関係文献研究会、財団法人公共用地補償機構 編、株式会社大成出版社 刊)の引用によると、昭和10年12月に19歳の男性、昭和11年5月に20歳の男性、昭和18年3月に40歳の男性が、土砂運搬作業中に崩壊して来た土砂に埋まり亡くなっている。
昭和19年、大谷池堤防の西端龍王社社殿の傍らに3名の殉職者の供養塔が建立された。
一部では「決壊事故が起こり300人余りが亡くなったと書かれた石碑がある」といったようなことが言われているが、この供養塔を誤認したものと思われる。
難航する工事に加え、犠牲者が出たことに心を痛めた当時の村長は、自らの写真を人柱として、土手の下に埋めたという話がある。
都市伝説にしても、随分と失礼な話である。
『絶対に出る 世界の幽霊屋敷』(2018年、ロバート・グレンビル著、片山美佳子訳、日経ナショナルジオグラフィック社 刊)には
「メアリー・キングス・クロースい浮かぶ幽霊のような影
1992年に訪れた日本の霊能者(宜保愛子)が、家族に置き去りにされて死んでいった「アニー」という名の少女の霊に会った。霊能者の足を強く引っ張ったという。それ以来、アニーの部屋を訪れる観光客が増えた。」
と書かれている。