ああ、また死す
(「鉄路の怪」 改題)

鉄道横死者供養塔
かつて鉄道少年であった友人から不気味な話を聞いた。

JR神戸線の明石市から神戸市西部に入る区間は殊の外人身事故や鉄道自殺が多い。
それは、ここが呪われた路線だからだという噂がある。
この区間の駅名を西から東に連ねると、「明石(かし)」→「朝霧(さぎり)」→「舞子(いこ)」→「垂水(るみ)」→「塩屋(おや)」→「須磨(ま)」となる。
これらの駅名の頭の一文字を(西から東に)並べると「ああまたしす」、そう「ああ、また死す」となるのである。
人によっては、明石を除いて(朝霧から数えて)「数多(あまた)死す」とする話や、大久保、西明石を加え「鬼、ああ、また死す」とする話などもある。
実際の統計等を確認した訳ではないので飽く迄も噂レべルの話だが、中でも朝霧の踏切(名称不明、廃止)と離宮道踏切で事故、自殺が多く発生するという。これらは心霊スポットとしても有名である。

駅名の頭文字云々の話は付会であったとしても、『初公開「鉄道自殺数」が多い路線ランキング』(出典:東洋経済 ON LINE 2016年6月1日)によると、過去10年における首都圏以外の鉄道自殺数の多い路線ランキング1位が「JR神戸線」(大阪~姫路駅間)で、自殺件数141件、人身事故件数266件となっているのは残念ながら皮肉な事実である。
偶然、或いはこじつけと言われそうだが偶然にしても不気味な話である。

これは伝聞であり、これらの区間に存在する全ての踏切を自身が現地に赴いて調べた訳ではないので一概には言えないが、この区間に存在する踏切の中には、踏切長、踏切幅が短く、歩行者専用の踏切も多々あることから、(変な表現になるが)飛び込みやすいのだという話もある。
特に、朝霧、舞子界隈の踏切は危険な箇所が多く、周辺の小学校等ではJR神戸線、山陽電鉄の線路より南側(海側)に行くことを禁止している(していた?)学校もあるという話を聞いた。
線路より南側に行く必要がある場合は、朝霧の踏切(※ 現在は廃止)を使用せず、そこから南へ450メートルほどの所にある山陽電鉄大蔵谷駅そばの高架を利用するように言われていたという。
実際に確認した例を挙げると、舞子の西川下踏切(神戸市垂水区西舞子5)などは「キケン! 小学生はこのふみきりを渡ってはいけません 西まいこ駅の地下道を通りましょう」と書かれた舞子小学校PTAによる大きな看板が立てられており、山陽電鉄西舞子駅に設けられた西舞子地下道を利用するよう言われている。
西川下踏切は、JR神戸線と山陽電鉄の複々線を渡り国道2号線に出るのだが、国道2線側は待機スペースがほとんどないと言っていいほど狭く、目の前の国道を車が結構なスピードで走って行くという非常に危険な場所となっている。

平成7年(1995)、中学生が踏切より線路内に立ち入り、線路の上に横たわり自殺するという事件があった。
この時、バラバラになった遺体の右手にはヘルマン・ヘッセ(Hermann Karl Hesse)の「車輪の下」(1906,原題 ”UNTERM RAD”)が握られていた。
当時、この話は新聞紙面等でも報道されたという。
人の生死に関わる事でこの様な話は不謹慎極まりないが、単純に轢死と「車輪の下」をかけた洒落だったのか、或いは、深読みをすれば、周囲の期待を一身に背負い、その軋轢に押し潰されそうになり、挫折を味わい、最後は自暴自棄となり酔って川に落ちて死んだ(「車輪の下」の)主人公に自身を投影したのだろうか。
私自身の正直な気持ちを書かせて頂くと、「車輪の下」の話は(不適切な表現だが)ネタ或いは都市伝説の類ではないかと思えてならない。
果たして列車に撥ねられていて手から本を離さずにいられるものだろうか。
ミステリーや推理小説で見たことのあるような話だが、拳銃自殺をした人がしっかりとその手に銃を握りしめている様を見て、探偵或いは刑事がこれは自殺ではなく殺人だというシーンがある。
死んでまで銃を握ってはいられないということだ。

画像はJR舞子駅近くにある「寶塔者為鐵道横死者各霊菩提」の碑(左側面に「昭和三十四年八月二十四日 有志建焉」の銘あり)。

関連記事:
・朝霧の踏切跡
・一の手西踏切
・千守踏切  未 了
・離宮道踏切  未 了

2021/10/05 加筆再編集






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